大阪地方裁判所 昭和38年(行)47号 判決 1964年4月20日
原告
学校法人精華学園
右代表者理事長
黒田静雄
右訴訟代理人弁護士
秋山英夫
被告
大阪法務局中野出張所登記官吏
青木宗十郎
右指定代理人
水野祐一
同
益山正行
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方が求めた裁判
原告
被告が昭和三七年一二月一一日、原告の別紙目録記載の物件につき同月一〇日付でなした所有権移転登記申請を却下した処分はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
被告
主文同旨
の判決。
第二、当事者双方の事実上及び法律上の主張
原告
一、原告は昭和三七年一二月一〇日別紙目録記載の物件(以下本件物件という)について大阪法務局中野出張所に対し同出張所昭和三一年四月一二日受付第九、二一八号所有権移転仮登記に基き確定判決による所有権移転登記の申請をした。
二、ところが同出張所の登記官吏である被告は、同月一一日本件物件については原告のためになされた前記仮登記以後に同出張所昭和三五年三月一八日受付第六七五九号をもつて訴外財団法人清水学園を権利者とする賃借権設定の登記がなされているので、仮登記に基く本登記をなすについて利害関係人である同法人の承諾書またはこれに代わるべき判決の添付がない限り右申請は却下を免がれないという理由で原告の右登記申請を却下する処分をなした。
三、しかし被告の右却下処分は不動産登記法第一〇五条及び同条によつて準用される同法第一四六条の解釈を誤つた違法な処分である。
すなわち不動産登記法第一〇五条によつて準用される同法第一四六条にいう「登記上利害の関係を有する第三者」には仮登記後に登記された賃借権設定登記を有するものは含まれないのであつて、そのことは同法第一〇五条の立法趣旨から明らかである。
四、同法第一〇五条の立法趣旨は仮登記に基く本登記の遡及的効力のため同一物件について登記簿上数名の所有権者が現われることを防止すること、すなわち公示の混乱を予防し二重登記を阻止することを狙いとするものであると説明されている。
そうであるとすれば、同条によつて準用される同法第一四六条にいわゆる「登記上利害の関係を有する第三者」という意味も右の立法趣旨に従つて解釈されなければならない。
五、ところで賃借権は、単なる物の使用権に過ぎないものであつて所有権とは明確に区別されるものであるし、又将来何らかの機会に所有権に転化しあるいはこれを派生せしめるということが全くない点において所有権移転の仮登記や抵当権とも明確に区別されるものであつて、元来二重登記の発生や公示の混乱とは全く無縁のものである。
従つて同法第一四六条にいう「登記上利害の関係を有する第三者」の中に登記ある賃借者を含ませる理由は全くないのである。
六、これに対しては、所有権移転の仮登記に基いて本登記がなされるとその仮登記よりおくれてなされた賃借権設定の登記は抹消されるべき運命におかれることになるからその賃借権者はまさに登記上利害関係ある第三者に他ならないという反論がなされる。
しかし、右法条にいわゆる「利害関係を有する」という意味は単に利害の上に何らかの影響をこうむるということではなく、「仮登記を本登記に改めることによつて現に又は将来相拮抗する関係に立つに至るもの」あるいは更に端的にいえば「現に所有権登記を有するもの又は将来所有権に転化し若しくはこれを派生せしせる権利の登記を有するもの」の意義に解すべきであつて、このことは前記の立法趣旨に照らし明らかである。
仮登記が本登記に改められると、その仮登記におくれてなされた権利の登記が抹消されるべき運命におかれるということは同法一〇五条の改正前においても改正後においても何の変化も存しない。同法第一〇五条第二項は仮登記におくれた登記の抹消方法を同項に規定する方法にのみ限定する趣旨のものではなく、従来採られてきた方法もこれと併行して認められるものである。
七、同法第一四六条にいわゆる「登記上利害の関係を有する第三者」に登記を有する賃借権者が含まれるべきでないことは次のことを考えてみても明らかである。
すなわち、仮登記を本登記に改める場合これと相容れない権利、あるいはそのような潜在的権利を有するものが本登記をなすことに同意すれば、それは同時に自已の権利の抹殺を承認したものと解されてもやむをえないであろう。しかし、本登記のなされるべき権利と完全に併存しうる権利を有するものが本登記につき承諾を与えたからといつて当然に自已の権利の抹消を承認したことにはならないのである。
たとえば仮登記に基いて本登記をしようとする者が、登記を有する賃借権者に対し、賃借権設定登記の存続を条件に仮登記を本登記に改める承諾を求め、賃借権者もその条件のもとに承諾を与えたとしよう。
この場合登記官吏は賃借権者が同意を与えたとして同法第一〇五条第二項により賃借権設定登記を職権で抹消してよいだろうか。もしそうするとすれば全く当事者の意思に反するものといわなければならない。
八、以上のとおりであつて、本件仮登記後に本件物件について賃借権設定登記を有する訴外財団法人清水学園は不動産登記法第一〇五条および同条によつて準用される同法第一四六条にいう「登記上利害の関係を有する第三者」に該当せず原告が本件仮登記に基いて所有権移転登記の申請をするについては同法人の承諾書又はこれに代わるべき判決の添付を要しないものであり、被告の登記申請却下処分は違法であつて取消を免かれない。
被告
一、原告の主張第一、二、項は認める。
二、原告の主張第三項ないし八項はいずれも争う。
三、本件物件について原告のためにする仮登記以後になされた賃借権設定登記を有する訴外財団法人清水学園が不動産登記法第一〇五条第一項により準用される同法第一四六条第一項にいう「登記上利害の関係を有する第三者」に該当することは明らかである。すなわち、
不動産登記法上「登記上利害の関係を有する第三者」という用語は、第一四六条の他にも、第六四条(更正登記)、第五六条(権利変更登記)、第六七条(回復登記)に、それぞれ使用されている。そしてこれらの第三者の範囲はいずれも登記の形式上からみて問題の登記の実行によつて一般的に損害をこうむるおそれがあると認められるものというと解されている。
そして右損害をこうむるおそれは登記上もつぱら形式的に決定されるべきであつて、そのようなおそれが実質的に存在していたとしても登記の形式上これを知りえないものは右第三者に該当しないし、逆に一般的に損害をこうむるおそれが登記の形式上認められる限りは、たとえ実質的には損害をこうむるおそれがなくても右第三者に該当するとされており、右の解釈は不動産登記法全般について共通であつて同法第一四六条においても同一に解すべきことは当然である。
従つて同法第一四六条において第三者の有する権利を物権と債権に分け、債権はこれに含まれないとか、所有権移転の仮登記又は抵当権設定登記のように将来所有権に転化し又はこれを派生させるような権利のみに制限的に解釈することは到底ありえないのであつて、同条にいう第三者の権利の形式的要件は登記簿上問題の登記と矛盾牴触する一切の登記能力ある権利であるというべきである。
四、このように同法第一四六条にいう「登記上利害の関係を有する第三者」とは仮登記に基く本登記により登記の形式からみて損害をこうむるおそれがあると一般的に認められる第三者をいうのであるから、本件のように所有権に関する仮登記後に仮登記義務者によつて設定された賃借権が仮登記に基く本登記によつて権限のない者の設定した賃借権となることからみれば右賃借権登記名義人は、登記の形式からみて損害をこうむるおそれのある第三者に該当することは明らかである。
五、原告は本件のような賃借権者が「登記上利害の関係を有する第三者」に該当しない根拠を改正不動産登記法第一〇五条の立法趣旨に求めている。
同法第一〇五条の改正の主眼は、従前の登記の取り扱いによれば登記簿上の仮登記権利者はそれに後れる所有権者等の権利の有無に拘わらずこれと無関係に前所有者を登記義務者として直接仮登記権利者へ仮登記に基く所有権移転の本登記を求め得るとされていたため、登記簿上不動産の所有権の登記名義人が二名同時に存在したり、あるいは無効となつた抵当権の登記がそのまゝ存続することとなつたりして取引の安全、円滑を害するおそれがあるのでこれらの点を是正することにあつたのである。
その際最も弊害の顕著な事例が二人以上の登記名義人の出現又はその可能性であり、その意味において改正の際立法者が原告の主張するような権利を主として念頭においていたことは確かであろう。しかし賃借権の登記がある場合においても矛盾する登記はやはり生ずるのであつて、矛盾登記の併存による混乱の防止を主眼とした右立法の趣旨からいつて賃借権が除外されるものと解することはできない。
六、以上のとおり原告の主張はその理由がなく、被告登記官吏のなした却下処分は正当である。
第三、当事者双方の立証
原告
甲第一ないし第六号証を提出
被告
甲号各証の成立は認める。
理由
一、原告が昭和三七年一二月一〇日被告に対し、本件物件について昭和三一年四月一二日受付第九、二一八号所有権移転登記に基き確定判決による所有権移転登記の申請をしたこと、被告が同月一一日、本件物件について原告のため前記仮登記がなされた以後である昭和三五年三月一八日受付第六、七五九号をもつて訴外財団法人清水学園を権利者とする賃借権設定登記がなされていたため、仮登記に基く本登記をなすについて利害関係人である同法人の承諾書又はこれに代わるべき判決の添付がない限り右申請は却下を免かれないとして原告の右登記申請を却下する処分をしたことについては、いずれも当事者間に争いがない。
二、当事者双方の主張自体から明らかなように、本件における唯一の争点は原告のために仮登記以後に賃借権設定登記をなした訴外財団法人清水学園が不動産登記法第一〇五条第一項によつて準用される同法第一四六条第一項にいう「登記上利害の関係を有する第三者」に該当するかどうかである。
以下この点を検討することとする。
三、一般に一定の申請書類を備えて登記の申請がなされた場合、登記官吏は、これを登記すべきか否かを審査するに当り、原則として提出された申請書類のみを資料として、この申申請書類と既存の登記簿の記載により、不動産登記法上明定された申請を却下すべき場合に該当するかどうかを審査するに止まり、それ以上にその登記の実質関係を審査する権限を有しないのであつて、このことはわがくにの不動産登記法の規定上明白である。
そして登記申請の審査について不動産登記法がかゝる形式的審査主義を前提としている以上、同法にいわゆる「登記上利害の関係を有する第三者」という意味もかゝる前提の下に定められなければならない。
そうであるとすれば同法第一〇五条第一項によつて準用される同法第一四六条第一項にいわゆる「登記上利害関係を有する第三者」とは当該登記簿の記載の外観からみてその仮登記が本登記に改められるについて一般的に利害関係を有すると認められる第三者をさすものと解すべきであつて、当該第三者が実質的に利害関係を有するかどうかにはかゝわらないものといわなければならない。
けだしそうでないとすれば登記官吏にその第三者が実質的な利害関係を有するか否かの審査を要求することとなり、登記官吏が実質的審査権を有しないことと矛盾するに至るからである。
これを本件についていえば、原告が前記所有権移転仮登記に基いて、所有権移転の本登記をなすことによつて、原告の有する仮登記に後れて登記された賃借権設定登記を有する訴外財団法人清水学園の有する賃借権が登記簿の外観だけからみてその効力に影響をうけると認められるかどうかによつて決すべきである。
そして右登記の外観からみる限り、原告の前記所有権移転仮登記が本登記に改められることによつて右仮登記の順位保全の効力により訴外財団法人清水学園の賃借権設定登記はその効力を失い同学園の有する賃借権はその対抗力を失うものと認められるから、同法人は同法第一〇五条第一項によつて準用される同法第一四六条第一項にいわゆる「登記上利害の関係を有する第三者」に該当するものといわなければならない。
四、原告は、不動産登記法第一〇五条の立法趣旨は仮登記の遡及効力により登記簿上数名の所有権者が現われるのを防止すること、すなわち公示の混乱を予防し二重登記を阻止することを主眼とするものであるから同条によつて準用される同法第一四六条第一項にいう「登記上利害の関係を有する第三者」の意味も右の立法趣旨に従つて解釈されるべきであり、右にいう第三者とは結局現に所有権の登記を有するものあるいは将来所有権に転化し又はこれを派生せしめる権利の登記を有するものを指すのであつて賃借権設定登記を有するものの如きは右の第三者に含まれないと主張する。
およそある法条を解釈するに当つてはその条項の字句だけでなくその立法趣旨をも考慮してこれを解釈すべきものであることは明らかである。
不動産登記法第一〇五条の規定は、同法の昭和三五年の改正(昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する法律)によつて新設された規定であり、この規定が従前の不動産登記法上所有権に関する仮登記を本登記に改める手続について存した紛争を一掃し、これに伴い従来の登記実務上存在して公示の混乱を防止しようとしたものであることは明らかであるから、同条の適用範囲の解釈に当つては従来登記実務上如何なる混乱が存し同条が従来存した混乱を如何なる方法によつて解決しようとしたのかを検討することが極めて重要であるといわなければならない。そこで同条の立法趣旨を検討し、原告主張のようにその立法趣旨から賃借権設定登記を有するものの如きは右の第三者から除外して解釈すべきものかどうかを考えてみることにする。
五、同法第一〇五条の新設前においては、所有権に関する仮登記を本登記に改めるについてその仮登記後に中間処分の登記がなされていた場合、本登記手続と中間処分の登記の抹消登記手続のいずれを先になすべきか、本登記について誰を登記義務者とすべきか、あるいは仮登記自体の効力を如何に考えるかどうかなどについて判例も動揺し、学説上も激しい対立があり、このため登記実務上も種々混乱を生じていた。
そこでこの間における紛争を一掃し所有権に関する仮登記を本登記に改める手続を明確にしようというのが同法第一〇五条新設の一つの狙いであつたことは疑いのないところである。
そしてこの点に関する従来の紛争が主として中間処分として所有権に関する登記が存し仮登記義務者が登記簿上の所有名義を失つていた場合に関するものであつたから同法第一〇五条の新設によつて解決されるべき問題が主としてこの点に存したことは疑いがないが、中間処分として所有権以外の権利の登記がある場合に生ずるべき問題をも解決すべき必要があつたことも又疑問の余地のないところであるといわなければならない。
六、一方不動産登記法第一〇五条新設以前の登記実務上の取扱いによれば、仮登記権利者が仮登記後になされた中間処分の登記の抹消をなすことなく、直ちに仮登記を本登記に改めることを認める取扱いであつたため、登記簿上所有権の登記名義人が二重に存在したり、あるいは仮登記が本登記に改められたことにより無効となり抹消されるべき運命におかれたその他の権利の登記が依然として登記簿上存在し、公示の混乱を生じていたため、かゝる公示の混乱を一掃し登記が現在の権利関係を公示する機能を強化しようとするのが同法第一〇五条新設のもう一つの狙いであることも又疑いのないところである。
従来このような公示の混乱を生じていたのは、主として所有権であつたことは明らかであるが、このような場合にだけあるいは将来このような所有権の登記名義人が二重に生ずる可能性を有する権利の登記についてのみ公示の混乱が問題となり、その他の権利の登記は公示の混乱と全く無縁のものであるということはできない。
なんとなれば、登記簿は単に現在における所有権の所在を公示する機能を有するに止まらず、所有権以外の登記能力のある権利をも含めてある物件についての現在の権利関係を公示する機能を有するものであるからである。
従つて仮登記に基く本登記によつて無効とされ抹消されるべき運命におかれた制限物権ないしは賃借権が登記簿上存在することになれば、登記簿がこれらの権利に関する現在の権利関係を正確に公示していないことになり、やはり公示の混乱を来するものといわなければならない。
七、このような前提に立つて考えると、不動産登記法第一〇五条の新設に当つては従来主として紛争を生じ公示の混乱という面でも弊害の大きかつた中間処分として所有権に関する登記がある場合だけについて立法的解決を図ることもあるいは中間処分として所有権以外の権利に関する登記が存する場合をも含めて所有権に関する仮登記を本登記に改める手続を劃一的に明定し、この点に関する公示の混乱を抜本的に一掃するという形で立法的解決を図ることも、共に可能であつたというべきである。
そして同法第一〇五条がいかなる態度をとつたかという解釈は従前の紛争ないし混乱を考慮し、同条によつて準用される同法第一四六条及び同法全体の趣旨を考慮して決されなければならない。
八、不動産登記法第一〇五条第一項(及び同項によつて準用される同法第一四六条第一項)は所有権に関する仮登記を本登記に改めるについては、仮登記を本登記に改めることについて「登記上利害の関係を有する第三者」があるときは、登記の申請書にその第三者の承諾書あるいはこれに対抗することを得べき裁判の謄本を添付することを要するものとし、同法第一〇五条第二項において右本登記をなすに当つて登記官吏が右第三者の有する登記を職権で抹消すべきものとしたのである。
このように同条が所有権に関する仮登記に基いて本登記の申請をなすについて「登記上利害の関係を有する第三者」の承諾書あるいはこれに対抗しうべき裁判の謄本を添付すべきものと定めたことは、従前のように仮登記後の中間処分の登記をそのまゝにしておいて仮登記を本登記に改めるという方法を否定したものであることは明らかであるが、このことは同時に従来争いのあつた仮登記自体の効力につき仮登記権利者が仮登記のまゝで右の第三者に対し仮登記を本登記に改める承諾を求める権利があることをも明らかにしたものというべきである。
そして同条が仮登記の効力に関する従来の紛争をこのような方法で解決しようとしたものである以上、中間処分の登記が所有権に関する登記であるか、あるいはそれ以外の権利の登記であるかによつて同号の適用の有無を区別すべきではないといわなければならない。
何となれば所有権に関する仮登記を有するものが、中間処分としての所有権に関する登記を有するものに対しては仮登記のまゝで右仮登記を本登記に改めることに承諾すべきことを請求する権利を有するとしながら、中間処分としたとえば賃借権設定の登記を有するものに対しては仮登記のまゝでは右の承諾を求める権利がないというような区別をすべき合理的根拠がなく、仮登記権利者は仮登記が本登記に改められることによつて無効とされるべき運命にいたる登記を有する者全てに対して、仮登記のまゝで右の如き承諾を請求する権利を与えたものと解するのが相当だからである。
そして同条は所有権に関する仮登記権利者に仮登記のまゝで右のような承諾を求める権利を与えた反面として、そのような承諾を求め得べき者については登記申請に当り必ずその者の承諾書又はこれに対抗しうべき裁判の謄本を添付すべきことを要求しているものと解されるのである。
このような考える限り、この点に関する同法第一〇五条の立法趣旨から賃借権設定登記を有するものを「登記上利害関係を有する第三者」から除外して解釈すべき根拠は全くないものといわなければならない。
九、又不動産登記法第一〇五条のもう一つの立法趣旨である公示の混乱の防止という面から考えても、従来の登記実務上混乱を生じていた場合が主として中間処分として所有権に関する登記が存在する場合であつたとはいえ、中間処分としてその他の権利(たとえば制限物件や賃借権)の登記が存する場合についても公示の混乱を生じていたことは前記のとおりであり、これらについても公示の混乱を防止する必要があつた以上同法第一〇五条の立法趣旨から賃借権設定登記を有する者を前記第三者の範囲から除外して解釈すべきものとは到底いえず、むしろそのような必要を前提として同条が承諾書又はこれに対抗しうべき判決を添付すべきものの範囲を前記の如き包括的表現で規定したことは同条が仮登記が本登記に改められることにより無効となり抹消さるべき運命におかれる全ての登記が登記簿上存在することを防止し公示の混乱を抜本的に一掃することを立法趣旨とするものというべきである。結局不動産登記法第一〇五条の立法趣旨を仔細に検討しても前に説明した「登記上利害の関係を有する第三者」の解釈を左右すべきものとは認められないから同法第一〇五条の立法趣旨から仮登記後の賃借権設定登記を有するものの如きは右の第三者に属しないと制限的に解釈すべきであるとする原告の主張は採用できない。
一〇、原告は仮登記後に登記された権利が所有権あるいは将来所有権に転化し又はこれを派生させる権利である場合その登記を有するものが仮登記を本登記に改めることを承諾したとすればそれは同時に自已の権利の登記の抹消を承諾したものと解釈されてもやむをえないとしても、所有権と併存しうる権利を有する者が仮登記を本登記に改めることに承諾したということは、必ずしも自已の権利の登記の抹消を承諾したものとはいえないと主張し、更に仮登記を本登記に改めるに際し仮登記権利者が賃借権者に賃借権設定登記の存続を条件に承諾を求め、賃借権者がこれに承諾を与えた場合にも賃借権者の承諾があるものとして登記官吏が職権で賃借権設定登記を抹消するものとすればそれは全く当事者の意思に沿わないものであると主張する。
原告の右主張は仮登記権利者において右仮登記に後れる権利の登記を認めることによつて右仮登記が本登記に改められた後においても仮登記に後れた権利の登記が有効に存続することを前提とするものであるが、右前提自体が極めて問題であるといわなければならない。すなわち原告の右主張は仮登記の効力の相対的主張(即ち仮登記後に中間処分の登記を有するものの一部に対する関係では仮登記に基いて本登記をなし他の一部のものに対する関係では仮済記に基ずかずに直接本登記をなすことを認めることに帰する)を認めることに他ならないからである。
この点を一応除外して考え、原告の右主張の趣旨が所有権と併存しうる権利の登記については仮登記権利者がその登記の存続を承認することもありうるから、これらの権利の登記を有するものは「登記上利害の関係を有する第三者」に該当しないものと解すべきであると主張するのであればそれは前に述べた不動産登記法第一〇五条の立法趣旨から到底とることができない。
又原告が仮登記権利者が所有権と併存しうる権利の登記を承認した場合にはその登記は仮登記が本登記に改められることによつてその効力に何等の影響も受けないから「登記上利害の関係を有する第三者」に該当しないと主張するのであれば、仮登記権利者が承諾を与えたかどうかは登記簿の外観上明らかでなく登記官吏に仮登記権利者の承諾の有無を審査すべきことを要求することになるから前述の登記の形式的審査主義に反し採るを得ない。
なおこのような場合仮登記権利者が仮登記を本登記に改めるに際し、中間処分の登記の存続を承認し、その旨の証明書を添付して登記申請をなした場合には一応登記の形式的審査にも親しむというべきである。この場合前述の仮登記の効力の相対的主張の可否が問題とならざるを得ないのであるが、原告の本件登記申請においてはこのような書類を添付して登記申請をしたという何らの主張、立証もないからこの点を判断する必要はないというべきである。
二、結局本件物件につき本件所有権移転仮登記後になされた賃借権設定登記を有する訴外財団法人清水学園は不動産登記法第一〇五条第一項によつて準用される同法第一四六条第一項にいう「登記上利害の関係を有する第三者」に該当するから、同法人の承諾書又はこれに代わるべき判決を添付することなくなされた原告の本件登記申請を却下した被告の処分は正当であつて原告の請求はその理由がない。
よつて原告の請求を棄却すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官山内敏彦 裁判官羽柴隆 小田健司)
<目録省略>